アクティブ株式会社 代表取締役
泉 博伸 氏(いずみ・ひろのぶ)
東京国税局に入局し、国税滞納法人等の調査・差押え等の徴収実務に従事。その後、大手信用調査会社で信用調査、商社審査部で与信リスク管理の実務を経験。
2016年8月、アクティブ株式会社を設立。反社会的勢力・マネーロンダリング・与信・社内不正にまたがる横断的視点でリスク調査に取り組んでいる。また調査業務を通じて得た知見をもとに、審査担当者や営業パーソン向けの研修やブラッシュアップ講座も手掛けている。
コンプライアンスチェック導入コラム
2024年12月26日掲載
コンプライアンスプロセス見極め判断
こんにちは。このコラムでは、コンプライアンスチェックの実務における基本的な考え方や調査方法について解説します。
初めての方にも理解しやすいよう、例を交えてわかりやすく説明していますので、これからコンプライアンスチェック体制の導入を考えている方から、既にコンプライアンス業務を担当されている方まで、リスク対策に関わる幅広い層の方に読んでいただきたい内容です。
コンプライアンスチェックのプロセス構築にあたって検討すべきことは、大きく分けて以下の3つです。
すなわち、個々の取引相手をどのような方法や情報源でチェックするか、その結果をどのように見極め判断するのか。そして新規の問い合わせ、アポイントの取得、商談・面談、社内申請、取引後の関係維持など、一連の業務フローにおいてどのようなチェックを行うべきかについての検討と取り組みが必要となります。
今回のコラムでは、このうちの「コンプライアンスチェック後の見極め判断」について概説します。
コンプライアンスチェックを実施する際の見極めポイント(判断要素)には、次のようなものがあります。
これらの判断ポイントをよりイメージしやすくするために、次のような仮説的な場面を思い浮かべてみましょう。
たとえばあなたが、おにぎりの小売店を営んでいるとします。商店街の小さなお店です。そのお店に見知らぬ男が客として入ってきました。黒のジャケットにジーンズ姿、黒の短髪、外観に目立った特徴はありません。しかし、その男は、実は犯罪者集団を背景とする特殊詐欺グループの幹部で、犯罪により得た資金で事業を営み生計を立てている人物です(すなわち反社会的勢力です)。
この男が、梅のおにぎりを一つ選び、レジに並びました。店主のあなたはその会計を済ませると、「ありがとうございます」とお礼の言葉を添えながら商品のおにぎりを男に手渡ししました。男は「どうも」と軽くお辞儀をして去って行きました。
さて、この取引は、コンプライアンスからズレているでしょうか。この取引をすることにより、あなたの営むおにぎり屋さんが「危ない相手と取引する危ない企業」と警戒され、取引先や金融機関から取引を遮断されてしまうでしょうか。おそらくそうならないはずです。
なぜなら、
小売店は通常、不特定多数が前触れもなく来店するものです。2 取引の経緯
小売店は通常、不特定多数が前触れもなく来店するものです。
そのような業態において、来店者に明らかな外観上の不審点(暴れたり、凶器を持っているなど)がない限り、その素性やリスクを瞬時に見極めることはできません。1 取引相手の素性
この例で来店した男はいたって普通の外観であり、言動にも不審な点はありませんでした。取引の過程で男の素性を調べるための個人情報も得ることはありませんので、彼が犯罪組織の幹部であることを知ることはできません。2 取引の経緯
あなたが男に販売した商品はおにぎり一つです。おにぎり一つが、男が幹部を務める特殊詐欺グループの活動を助長するとは思えません。2 取引の金額、継続性・反復性、合法性、取引相手にとっての重要度
ただし、彼ら特殊詐欺グループが開く宴会や集客パーティー(例:詐欺的なマルチ商法の会員募集イベント等)のために大量の食材をデリバリーするような場合は、注文者の素性やイベントの目的などを調べる時間的な余地はあります。このようなイベントに協力することは、その詐欺グループの活動を助長するものといえます。2 取引の経緯、相手にとっての重要度
なお小売店であっても、高級宝飾品や高級車など高価な商品を取り扱う場合は、マネーロンダリング(資金洗浄)対策の観点からも事情が異なります。高価な商品で、その価値が保持され、転売などで他の財産形態に移転できるものを扱う業種は、法律により購入者の本人確認を行うことが義務化されている場合があります(犯罪収益移転防止法に基づく取引時確認)。2 取引の金額、価値の保存および移転
特に多額の現金(キャッシュ)で支払うような購入者は要注意とされています。詐欺など犯罪で得た資金で高級時計を買い、それを売却したり、質入れしたりするなどして新たに資金を得て、それをまた別の高級な商品の購入に充てる。それを繰り返すことで資金の出所を不鮮明化するという、マネーロンダリングができるからです。2 決済方法
他方、おにぎり一つでは、マネロンを行うことはできません。
商店街の小売店で男におにぎりを一つ販売したことが、世に知られることはありません。すなわち、その取引実績が、他の業者のベンチマークとなることがありません。2 取引の公知性
そうではなく、例えば金融機関が企業に融資をする際、抵当権等を設定する場合がありますが、そのことは不動産登記で公知となります。反社が絡む危ない相手に融資している、と指摘されないためにも、金融機関は厳格なチェックを行っているはずです。4 社会の視線
口座開設や融資といった金融機関の行動は、特に中小の一般事業者のベンチマークとなります。メガバンクが融資しているのだから大丈夫だろう、と判断しがちです。その意味でも金融機関や大手企業の取引審査は厳格であるべきです。中小零細であれば容認できるような相手であっても、金融機関や大手企業は取引を謝絶する場合がありますし、そうであるべきだと思います。3 自社のポジション
なお、テレビCMや雑誌広告、イベントへの協賛などの場合、その媒体(テレビ局や出版社)やイベント主催者ならびに広告代理店が、広告主・スポンサーについてお墨付きを与えていることになり、それが世間に広く流布し公知となります。広告主・スポンサーが悪徳業者であった場合、大変な消費者被害をもたらす危険があります。消費者に誤ったメッセージを送らないためにも、こうしたビジネスにおけるコンプライアンスチェックは自社の規模の大小に関係なく厳格であるべきです。4 社会の視線
おにぎり屋さんなど食品店の中には素材にこだわる業者も多いでしょう。良質な素材とは、物理的・化学的に良質というだけではなく、社会的にも良質な素材をいいます。社会的に良質な素材とは、そのサプライチェーン(調達過程)において児童労働や強制労働などの搾取行為を行う人権侵害や、パワーハラスメントも含む劣悪な労働安全衛生、環境破壊などといったネガティブな側面のない生産過程で生み出された素材です。大手企業を中心に「調達ガイドライン」を策定する動きが定着しています。企業の社会的責任(CSR)の観点からも、取引相手がガイドラインに抵触するか否かについての視点を持つことが必要です。5 自社の理念
このようにコンプライアンスチェックは、「自社がどうありたいか?」「自社はどうあるべきなのか?」という理念をベースに、取引相手としてふさわしくない反社会性を持つ相手かどうかを見極める業務といえます。したがって、コンプライアンスチェックを導入するに際しては、まずは判断の拠り所となる自社のあり方から検討する。例えば、既にある各種規程から抽出される、取引先としての適格性について検討・整理することから始めるのが重要だと思います。
次回は、このような見極めポイントに基づいた取引可否判断の前提として、コンプライアンスチェックのための情報収集をどのように行うべきか、その方法と情報源をテーマとします。
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