アクティブ株式会社 代表取締役
泉 博伸 氏(いずみ・ひろのぶ)
東京国税局に入局し、国税滞納法人等の調査・差押え等の徴収実務に従事。その後、大手信用調査会社で信用調査、商社審査部で与信リスク管理の実務を経験。
2016年8月、アクティブ株式会社を設立。反社会的勢力・マネーロンダリング・与信・社内不正にまたがる横断的視点でリスク調査に取り組んでいる。また調査業務を通じて得た知見をもとに、審査担当者や営業パーソン向けの研修やブラッシュアップ講座も手掛けている。
コンプライアンスチェック導入コラム
2024年12月3日掲載
コンプライアンスリスク対策
こんにちは。このコラムでは、コンプライアンスチェックの実務における基本的な考え方や調査方法について解説します。
初めての方にも理解しやすいよう、例を交えてわかりやすく説明していますので、これからコンプライアンスチェック体制の導入を考えている方から、既にコンプライアンス業務を担当されている方まで、リスク対策に関わる幅広い層の方に読んでいただきたい内容です。
コンプライアンスチェックとは、自社およびその活動が、法令を含む社会の規範や価値観からズレていないかをチェックするとともに、そのズレによって自社に悪影響が及ぶリスクを回避するために行う業務です。
そもそもコンプライアンスとは、「法令遵守」と誤訳されてしまうこともありますが、正しくは「社会からの期待や要請に応えていくこと」であり、それが通説的となっています。単に法令を遵守すればよいというものではなく、社会が自社あるいは企業一般に何を期待し求めているのかを感じ取り、それに応えていくのがコンプライアンスだといわれています。
この意味でのコンプライアンスに照らすと、法令、すなわち会社法、金融商品取引法、独占禁止法、消費者保護法、特定商品取引法、労働法、各税法、各業法などに違反することは、コンプライアンスに反することと言えるでしょう。また法令には違反していなくとも、消費者・労働者・取引先など社会の感覚に照らして、詐欺的・ブラックなどと悪評されてしまうようなビジネスを行うこともコンプライアンスからのズレであるといえます。 このようなズレが著しい組織の場合、その組織は世間から「反社会的勢力」と評価されることになります。
ここまでを読んで、「自社はブラックじゃないし、法令違反や詐欺もしていないから問題ない」と安易に考えてはいけません。たとえ自社に問題が無い場合でも、他社との取引の中にコンプライアンスのリスクが潜んでいる可能性があります。
例えば取引先の企業が、実は組織的に犯罪を繰り返す暴力団や、特殊詐欺グループ・闇金グループの関連企業であったとします。たとえ問題のある企業だとは知らずに取引していたとしても、世間に発覚した際には自社までもが「反社に関係する危ない企業」という評価を受けてしまうでしょう。そうすると、金融機関や仕入先などと取引できなくなるリスクがあります。最終的には自社の経営が立ち行かなくなり、倒産してしまうかもしれません。
企業活動において、コンプライアンスからのズレは様々な局面で発生しうるものですが、本稿では特に、企業間のコンプライアンスチェック(取引審査・反社チェック・信用調査・与信管理等)のご担当者を念頭に、反社会的企業などの「危ない企業」との取引によって自社までもが「危ない企業」と評価されてしまうリスクにフォーカスします。
自社が他者からコンプライアンスチェックをされた際に、「反社会的勢力と取引する反社関係企業」としてリスク評価されることを回避するためのリスクマネジメント。それがコンプライアンスチェックの目的です。これは、自社の評判やブランドを防衛するためのレピュテーションマネジメント、あるいはブランディングともとらえることができます。
コンプライアンスから逸脱した相手と関係を持ってしまうと、自社までコンプライアンスに問題がある「ズレた企業」であると評価されてしまいます。
誰からの評価でしょうか。それは、自社の従業員、その家族、株主、取引先、消費者、就活生などのステークホルダー、そして信用調査会社、企業や金融機関の審査パーソン、ジャーナリスト等です。彼らの視線を意識し、彼らからオカシイと思われる取引は、避けなければなりません。
このうち特に考慮すべきは、他の企業や金融機関に所属する審査パーソンや信用調査会社の調査パーソン、経済事件のジャーナリストなど「審査の専門家」による評価です。彼らは危ない企業の顔ぶれを頭に入れていますし、リサーチする力もあります。彼らの視線で「危ない」と判断されるような相手と関係を持ってしまうと、自社までもが警戒を受けることになります。
このような警戒というのは、各自の主観的な判断であり、調査会社やジャーナリストは別として、各社の審査部門内での極秘情報として扱われます。そのため、他の企業に共有されることはありません。従って、取引を拒絶される段階に至るまで、自社が取引先や他の企業から警戒されていることを自覚できません。また、こうした警戒は白か黒かで明快に示せるものではありません。グレーの度合いも各社の主観により異なりますし、それを客観的に数字で計測することもできません。つまりデータを取って統計的手法でリスクを分析することが不可能な領域といえます。
「危ない企業と取引している危ない企業」として自社が審査界隈から警戒されてしまうと、自社自体が取引を敬遠される企業に成り下がってしまいます。これはコンプライアンスチェックのしっかりしている企業や金融機関から取引を断られたとき、ようやく痛感することになります。
「危ない企業と取引する企業も危ない。だから取引をやめておこう」という考え方を「セカンダリー・ボイコット(二次的拒絶)」と呼びます。問題企業(一次企業)と付き合う企業(二次企業)も問題。だから取引を拒絶するべきだ。審査の世界では、通常、このような見立て方をします。
自社がセカンダリー・ボイコットをされないためには、取引相手や候補がコンプライアンスからズレた危ない企業でないかをチェックする体制を整える必要があります。
そこでまず必要不可欠なことは、誰でも検知できる公知のネガティブ情報(良くない情報=不芳情報)をキャッチできる体制を整えなければなりません。具体的には相手企業やその関係者が過去に起こした行政処分歴などの不祥事や事件・事故について、履歴を把握することです。これについては、新聞・雑誌記事などが収録された「記事データベース」を使って、企業名や個人名で検索する手法が最適です。
例えばある企業の代表者について、詐欺での摘発履歴が記事データベース上に残っているとします。しかし自社の担当者は上記の簡単な検索プロセスを省略した結果、リスクを見逃してしまう。結局その企業と取引してしまい、後々トラブルになってしまった……。このようなケースでは、言い訳はできません。
チェックを実践している他の企業は、リスクを把握して取引を回避したはずです。回避できなかった自社は、「情報リテラシーの不足」というような甘い評価では済まされず、「詐欺会社と故意に取引する危ない企業」であると審査界隈から評価されてしまいます。チェックすれば誰でも検知できるレベルの公知上のリスク情報があるのに、それでもあえて取引しているのだから、故意に取引している仲間なのだ、と見立てられてしまうのです。
だからこそ、記事データベース検索はコンプライアンスチェックにおいて必要不可欠な基本の調査方法なのです。初めてコンプライアンスチェックを始めようとしている企業やブラッシュアップしたいとお考えの企業においては、まず記事データベース検索の導入からスタートすることをおすすめします。
「危ない企業」といえば、倒産しそうな企業のことを指すことが多いようです。しかし、コンプライアンスチェックの世界では、倒産しそうな企業とは真逆の「キャッシュリッチ企業」こそ危ないと見立てるべきケースが多々あります。こうした与信とコンプライアンスにおける見極め方の相違について、筆者は従来から、両者の「トレードオフ(矛盾)問題」として注意喚起しています。
例を示しましょう。ある企業にAさんという古参の与信審査パーソンがいます。彼は売掛債権が無事回収できるかの精査を担当しています。Aさんは新規販売先のX社について次のような取引判断をしました。
「X社は新設されたばかりだが資本金は1億円もある。その代表者U氏は若手ながらも、東京の一等地に建つ高級タワーマンションの一室を無担保で所有している。しかも我が社への取引代金は前払いで支払うと言っている。我が社にとってリスクは全くないので、取引を可とする。むしろ、このようなリッチな会社とは積極的に取引を推進すべきである」と。
X社は、たしかに与信リスクすなわち代金回収の観点からはリスクは低い先といえそうです。そればかりか潤沢なキャッシュがあるということは、自社の商品をたくさん買ってくれる上客にもなってくれそうです。しかしコンプライアンスチェックの観点からは、極めて慎重な判断が必要な相手となります。
何故U氏は資本金1億円を用意でき、高級マンションの一室を無借金で購入できるのか。しかも一般的な商慣行に反し、自ら前払いで支払うと申し出るのか。もしかするとX社は、特殊詐欺などで得た犯罪収益を元手としているのかもしれません(そのように警戒すべきです)。U氏は詐欺や闇金グループのフロント(形式的に法人の代表者や不動産の所有名義人にさせられている人物)に過ぎず、その実質的支配者は詐欺・闇金グループや暴力団関係者など、反社会的勢力であるかもしれません。X社と取引することにより、自社の商材が詐欺グループの道具に悪用され、犯罪収益の資金洗浄、マネーロンダリングに利用されてしまうことが危惧されます。
古参のAさんのように与信だけを専門としてきた審査パーソンは、このような視点が欠如しがちです。中には「脱税するくらい儲かっているなら倒産しないだろう。取引しても大丈夫」などと判断する審査パーソンもかつて存在しました。(さすがにコンプライアンスが重視される昨今において、こうした考え方は絶滅しつつあります)
多種多様な詐欺のやり方が横行しています。従来からの取り込み詐欺(大量に仕入れたが意図的に代金を支払わないで夜逃げする詐欺)・地面師詐欺(他人の土地を他人に成りすまして売却する詐欺)・未公開株詐欺(上場する予定がないのに上場すると嘘をついて株式を販売する詐欺)などに加え、オレオレ詐欺・架空請求詐欺・還付金詐欺などの特殊詐欺、SNS投資詐欺・ロマンス詐欺などの方法・手口もあります。最近では事業承継に絡むM&Aにおいて不芳な買い手が買収した会社から旧経営者の債務保証を外さないまま預金だけ収奪して夜逃げするような詐欺的な手法も見受けられます。
詐欺事件に直接関与した企業がダイレクトに審査の対象となることはそう多くありません。それよりも、一見クリーンな企業を調べてみたら、代表者が詐欺事件の関係者と人脈的に連なる人物だった、というようなケースに遭遇することが多々あります。
このような企業こそがコンプライアンスチェックの実務における「危ない企業」であり、X社のように背景が不鮮明ながら多額のキャッシュを保有し、金払いが良かったりするのです。こうした危ない企業と取引することにより、彼らの犯罪収益のマネーロンダリングに自社が悪用されてしまうのです。
コンプライアンスチェックの実践に際しては、是非、与信とコンプライアンスのトレードオフにもご留意いただき、たとえ相手が資金潤沢なリッチ企業に見えても、調査を怠らないことが重要です。
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